審査員コンサート 補足その2

さてさて、神戸国際フルートコンクールの呼び物の一つ、審査員コンサートは、金昌国先生の司会と先生方のさ〜すが!な演奏で、楽しくも和やかに進み、最後のプログラムとなりました。ここで、ベネットせんせ(通称:Wibb-ウィブ)による曲の解説?です。実はこれ、予定外でして、当日ウィブが当たり前のことのように言い出して、急に決まったことでした。

曲は、ウィブが2本のフルートとピアノのために編曲した「ショパンのノクターン」と「ブラームスのヴァイオリン協奏曲から第3楽章」でした。いわく、どちらも元々はフルートのために書かれた曲なのだとか……! 当日の訳文を細かくは覚えていませんが、記憶とメモを頼りに、ザクッと要点だけ書き出します。

ショパンの曲は、アルトゥール・ルービンシュタインが演奏会のアンコールで演奏したのを聴いて、これはそもそもフルートのために書かれた曲だと確信したウィブが、「元の形」に戻したのだそうです。

ブラームスについての解説は、もう少し複雑です。彼は若い頃、売春宿(brothel)で、お客や女の子たちが踊るための音楽をピアノで弾く仕事をしていました。ある日、お休みを取って、演奏会を聴きに行きました。フルートのドップラー兄弟の演奏会です。そして兄弟から頼まれてフルート2本とピアノのために書いたのが、この曲です。一方でその頃、恋人に宛てた手紙には、「フルートとはやたら音程が上ずる楽器で、いつも3度で動いている」と記しています。さて、この曲は大成功をおさめ、ブラームスは後にヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲に書き直しました。この形でなら、皆さんもお聴きになったことがあるかもしれません...。

本番の後でウィブが私に(うれしそうに)確認したのは、「brothel」をどう訳したか、でした。すなわち、意味をぼかしたりせず「そのまんま」の日本語にしたか、ということです。はい、ちゃんとストレートに「売春宿」と訳出しましたから(笑)。

さてさて、このお話、どこまで本当でどこから創作だったのでしょう? 丸々信じるのも危険ですが、まるっきりのデッチ上げでもないんですよね。コンクール終了後、ブラームスについて調べてみたら、あらま、こんなサイトを見つけちゃいましたヨ。ブラームスは本当に若かりし頃、家計を助けるために売春宿でピアノを弾いていたんですね。

ドップラー兄弟との関係を見ると、ブラームスが1833年生まれ、ドップラー兄のフランツは1821年、弟カールが1825年の生まれ。ほぼ同世代ですし、ブラームスもドップラー兄もウィーン音楽院で教えていますから、接点があってもまったく不思議ではありません。でも、ブラームスが売春宿でピアノを弾いていた頃に知り合ったかどうかは、疑問かも。

とりあえず、ショパンのノクターンも、ブラームスのヴァイオリン協奏曲も、「元々は2本のフルートとピアノのために書かれた」を示す記述は見つかりませんでした。(^^; 

ついでに、A. ルービンシュタインがショパンのノクターンを弾いている動画を見つけてしまいました。ルン! ヴァイオリン協奏曲も一つ、ミルシテインの演奏を載っけておきます。

ショパン:ノクターン変ニ長調 Op27-2 ピアノ:アルトゥール・ルービンシュタイン
ブラームス:バイオリン協奏曲ニ長調 第3楽章 ヴァイオリン:ナタン・ミルシテイン

ちなみに、ブラームスのフルート譜は手書きのままでした。コピーをもらっちゃった♪ いつかやれたらいいな〜。
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by akirako-hime | 2013-04-20 16:42 | 笛吹きっぽいひとりごと